夕日の彼方

絵描きとゲームが好き。日常でなんとなく思った事をなんとなくで書いてます。サイト→http://mist.in/1597/
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ものすごい影響

何を思ったのか、この前描いた絵本「雀の夢日記」を公募の絵本コンテストに出そうとしている。
もちろんコンテストに出すなんて事は全く考えてなかった。
好きなように描いて、好きだと思ってくれる人が読んでくれたら、それでいいかなと思っていた。

ぶっちゃけ、今までの「同人」っていう界隈ではどうしても「絵本」というジャンルは読まれなくて、そもそも見られる事自体がとても少なくて、悲しい事がけっこうある。
悲しいといっても覚悟はしていたので、別に受け入れてるけど、
もっと自分に適切なイベントがあるんじゃないかなぁとも思って、来年は同人誌即売会以外のイベントにも出ようと思っています。
(デザフェスとかメルメリィとか)

まぁそれはそれとして、今回なんかすごく頭わるくなって突然コンテストに出そうとしている。
コンテストに出そうと思って作ったものではない、自己満足の作品なので、当然評価されるとは思っていない。
でもなんか、「応募したら見てくれる」と思うと、わりと良いなぁと思えてきた。
だって、本当に、見られないんだ。
ネットはかなり宣伝しないといけないし、したからといって見てくれるわけじゃない。
即売会などのイベントもそうだ。ネットより見てもらえてる印象はある。
でも、「中身」まで見てくれる人はとても少ない。
応募したら、「絶対に見てくれる」ってすごい事だなぁと思った。

以前の自分だったら恥ずかしくてぜったい応募なんてしなかったろうな。
考えが変わったのは、あの自分が激推ししているDREAM MASTERの作者、山川かおりさん(現在:水元香里)のおかげです。
先日夢によく知らないのに山川かおりさんが出てきてしまって、その関連でどうしても気になって、ドリマス以外の作品が掲載された、買える雑誌を買い集め始めた。
ミニガミッツの猫が掲載されたものはまだ届いていないですが、近々読めると思います。

作品の中に、「メイプルハウスの私たち」という読み切り漫画があります。
週刊少年ジャンプ1996年08号に掲載されております。手塚賞入選をとっている素晴らしい作品です。
すごく切ない、優しいお話だった。本当にこの人はすごい。
漫画なんだけど、すごく絵本のような優しいお話だった。
また感想は別で語りたいのだけど、とにかく感動してしまった。
最後の作者の受賞の際のコメントに、恥ずかしさを捨てて自分の気持ちを素直に、と書いてあって、それがすごく心に残っていて・・・
自分は今のところは完全に趣味の隙間時間で描いているから全然違うと思うけど、作品を描く時に「恥ずかしい」があると、本当に制限されてしまって、描けないんですよね。
それに縛られていることが未だに多くて、辛いです。

「メイプルハウスの私たち」の他、「抜絵道士」「DREAM MASTER」、
プチプリンセスに掲載されている「堕悪魔-ダークマン-」
みんなとても優しくて、切なくて、かっこよくて、こんなにも私の好きなものが詰まっていて憧れになってしまっています。
恥ずかしがっていたら、きっとこんな素敵なもの描けなかったんだなぁと思います。
そもそも「DREAM MASTER」はかなり影響されている事は前から何度も描いていますが、自分のこころにかなり影響をもらっているっていうのは大きくて、それであの受賞コメントも刺さったんだなぁと思います。
軽々しく言っちゃいけないと思うけど「神の言葉」です0(:3 )〜 _('、3」 ∠ )_

こんな感じで突然こころの枷が外れてきて、めっちゃかるいきもちで「応募しよ!」ってなりました。笑
本気度は明らかに違うけど、先生と同じことしてみようかなぁと思えてなんか幸せです。
モチベの向上になればいいなぁ。

できなくていいんだよ

今までの自分は弱い思考を否定していただけで、気にしない、とは別の事だったんだなと思う。
それは今も続いてて、一つずつ紐解いて、自分の気持ちや考え方の整理をしています。
本当に小さいころに溜まった傷が癒えないまま大人になってしまった。
本来の自分を取り戻したいです・・・
実際に子供の頃の自分と今の自分を比べても、かなり差が開いています。
本当にやりたい事とか生き方を考えたら、子どもの頃の性格に戻りたいくらいです。

離人感が治らない事、好きな事もこころから楽しめない事、人が怖い事、全部過去の苦しみから来ています。
過去の事を気にしていたら前に進めないのは分かる。
気にしないで今を大事にしてやればいいのも分かる。
でもそれは頭では分かるけど、こころじゃ全然受け止められない。

一つ解決できたことがあって、それは自分の「たくましくなきゃいけない」という考えは多少捨てることができました。
要は「見栄っ張り」ですよね。
私は弱くない、強そうに見せる、というのを、やめたんですね。
これは自分の夢を通して、認識して認めることができました。
会った事ある人はすんごい分かると思うけど、めっちゃ見た目弱そうじゃないですか私・・・
だから見た目で舐められるので、まず、弱くない、と見栄を張ってしまっていた。
でも実際は体力もないしそんなに色々できるわけじゃない。弱い。
本当に私は弱いし、ほんとに辛い時は辛いと、無理をしない事にしました。
これだけでかなり楽になりました。

でもまた別の問題も夢で指摘され始めてきました。
今度は「強くなきゃいけない」という中身の問題。
「見た目の良さ」を奪われた「仕事のできない」素の自分の要素が出てきました。

もともとマイペースで、不器用でもあるから、そんなにうまく色々できるわけじゃない。
見た目、を問題にしながら、自分の見た目にかなり助けられた事もあります。
頼りないから、周りが助けてくれるんです。それは小さい時からでした。
実際問題なくても、周りが助ける形で、自分はやらないで済んだとかも多くて、すごくモヤモヤしていました。
自分はそんなに頼りなくて無力なのかな。何もできないのかな。って刷り込まれてしまっています。
それが悔しくてもがいてたんですけどね・・・

まぁだから「強そうに見せる見栄張り」が始まったんですが、それをするからには「中身の強さ」も必要なわけです。
だから努力したんです。いっぱい努力しました。
一人じゃないとは思うけど、メンタル面ではほんとに一人で頑張ってました。
(まぁそれでもわりと楽観的な方でしたが)
なんていうかな。もっと周りに甘えて楽に生きていたらもっと楽だったんだろうなと思います。
だって、周りが自然と助けてくれるってすごくないですか。
でも、人の手を煩わせて申し訳ない、って気持ちが大きくて、自分から壁を作って、ひとりで取り組む事が多かった。
これが今も続いていて、人を頼れない、求めれば助けてくれる人はいっぱいいるのに、勝手に孤独感に浸っているのです。

何かができないとダメな人間だ。
創作にしたって、絵がうまくないとだめだ、話がおもしろくないとダメだ、と、何かにつけてできない部分だけを見て、辛くなっている。
「できない自分」を愛することができたらな、と気づきました。

こうなっちゃうのも、無理もないんですよ。
周りから勝手に「できなさそう、弱そう」というレッテルを張られて生きてきたので、そりゃ「できる、強い」にあこがれます。
大丈夫って思ってもらいたい。安心してもらいたい。
心配してもらうのはいいけど、過剰な事がとても多かったので、信用してもらえてない、と受け取ってしまっていました。
でも実際小さいころから体力はそこまであるわけじゃなかったし、実際体がよわくて、よく倒れていましたし、今もその傾向があるし、そう思ってもらう方が無理があるんです。
だから、もう素直に「できなくてもいい自分」を受け入れる、そして受け入れてくれる環境に身を置くのが良いのです。

もちろん中身が伴って、仕事はできる方がいいです。
でも「完璧」じゃなくていい。
今までは少しでも「できない」という隙を見せてしまうとダメだ、と思い込んでいました。
でもそんなの人間だから無理ですよね。
幸い素敵な職場に転職できて、多少の失敗はおおらかに受け止めてくれます。
親との関係も、昔とは違います。
しんどい時は認めてくれるし、以前よりはだいぶ楽になっています。

あとは無理をせずに、疲れたら休んで、「できない自分」よりも「できなくてもいい自分」を意識したいなぁと思います。
なかなか一気に変えることはできないけど、気づけただけでもすごいなと思います。
過去を気にしてたら進めないよ、というのは、少し間違いもあると思います。
過去のしがらみを少しずつ解いていくのも、人によっては大事だと思うのです。
自分は、自分のこころの状態を知る事ができる夢分析に出会えて本当によかった。

見た目とか雰囲気で得してる事は多いとはいえ、それはそれで問題もあるので、自分は贅沢な悩みだと思います。
でも辛いものは辛いです。嘘じゃない。辛いからこうなった。
こういう悩みってデリケートすぎるし、人によっては不快でしなかいし自慢にも聞こえかねないから、実は他の悩みよりももっと人に相談しづらかったりする・・・
まぁ、だから見た目関係ないネットの世界は、かなり大好きでのめり込みましたね。
ネット経由で知り合った方は見た目関係なしに付き合いしてくださる方がとても多くて、すごく嬉しかったりもします。

自分の人生と作品

最近自分の創作しながらいろいろ思う事があって、
やっぱり自分はネガティブじゃないと成り立たないや、と思いました。

ずっとネガティブでいたいわけじゃないんだけど、基本はそうだし、そうして生きてきたし、変える事はできないなぁと。
そして、ほんとにそこが変わってしまったら、おそらく、そういった暗い気持ちを持っていた自分が、どうだったか思い出せなくなってしまう。
同じように苦しんでいる、もしくは苦しんだ事がある人の気持ちが分からなくなってしまうかもしれない。
私はそれがなんか嫌だなと思う。
もちろんそんな、苦しい思いをしてる人にかまうとか、そんな事してたら自分も引き込まれる、そういう心配はあるかもしれない。
でもね、常に自分もネガティブで、生きづらさを感じながらも、がんばってるし、自分のこころのベクトルが常にネガティブというところにあるから、逆に引き込まれないんですよね。
同じ土俵だから、別に関係ないんです。
自分のこころの闇は無限だから引き込まれるけど、案外、人に対してはそんなことない。

悪意とかじゃなければ、そういう苦しんでる人の受け皿になって、話くらい聞いたりできたらいいなとかは思うよ。
ここはちょっと自慢したい部分で、悲しみや孤独感で悩む人たちの手助けになれたことが何度もあって、誇りに思っています。
そんな気持ちが分かる自分でよかったと、本当に思った。

だから作品を描いて、そういう気持ちを持った人に届いたらいいなとは思う。
必然的に暗い作品になってしまうから、なんか大々的に宣伝もしたくないし、しづらい。
なんか、なんかいい方法ないかな。
本作ったらさすがに見てほしいから宣伝はしてるけど、普段のはなぁ。
見て見て!って言えるタイプじゃないし、やったらやったですごい疲れて後から謎の嫌悪感が出てくるんだわね・・・
こんな闇は多くの人に見せるもんでもないしな・・・って。
そもそもホントに自分の作品は自分のこころを描いているので、やっぱりさらけ出すのは怖い。

本心を人にさらけ出すって、怖いでしょ?
そうじゃない人もいると思うけど、私はとても怖い。
本当の事を言う事ができない環境にとても長くいたし、自分の本心を確認するには、前から何度も言ってる気がするけど、自分の絵と夢しかなかった。
しかもそれを、ほとんど人に見せなかった。
本当の事を言ったら怒られる。本当の自分を見てもらえない。つらい。こわい。かなしい。
この気持ちを自分は創作に投げ打ってきたから、作品を見てもらうイコール、自分の本心をさらけ出す事。なんですよね。

2次創作は都合のいい仮面だったのかもしれない。
その作品が好きだという気持ちを前面に押し出すだけなので、とても楽しくて、基本的には楽しいという感情を載せて書いているので、自然と明るい、生き生きとした絵になってました。
確認してないからわかんないんだけど、ほんとに、自分の2次創作の絵を見てから、1次創作の絵を見た人は、びっくりした人が多かったんじゃないかなって思う。
とてもじめじめして暗くて、真っ黒な絵がどーんと。
絵柄が絵柄なのでちょっと丸っこくてパンチがないのはそうだけど、こんな絵、遊戯王の2次創作の時だけだった。
ポケモンもMOTHERも他にも描いた絵はだいたい明るくてかわいい。
遊戯王はテーマがとても暗い。だからマッチして描けたんだと思う。そんでも2次創作なので、愛で叫んでる分明るい絵の方が多いと思う。

2次創作は暗い気持ちにかぶせる仮面だった。
そう思うと、もっと早く1次創作のサイトを作れば、自分の気持ちをもっと大事にしてたのかなって思うけど、でもやっぱり、本心を伝えるって怖いもので、やっぱり色々落ち着いた今だからこそ活動できてるんだなぁと感じます・・・

まぁそういう事なので、自分の1次創作の宣伝は、本心をまるまる発表してるようなもので、だからきっついんだろうなって思います。
絶対に商業向かないし、仕事にできるものではない。
逆に暗い気持ちをごまかすように描いていた、明るくてかわいい絵は、仕事にも生かしやすいかもしれないなと思います。
割り切って描けるからね。
かわいい絵も自分の本質の一部だとは思っています。
平和が好きだし、のほほんとしてる方がいい。私の理想です。

でも現実は怖いし、なかなか大変で、そこの辛さと真摯に付き合っていかないと、自分はダメになりそうだなって思います。
闇は真実です。
私は自分の闇という真実を見てしまうし、バカになれないのが悔しい。
(逆にまじめすぎてバカなんだろうけど。笑)
夢を見ながら真実しか見えてない。
理想は抱いてるけど自分のこころの闇という真実をどうにかしなきゃいけない。
だいたい恐怖心ってただの虚像だというのは理解してるのです。
ただの思い込みで、周りが怖く見えるのもそのせい。悪い妄想でしかない。
でもこころがそれを分からない。
怖いと思ってることは、本当のこと、真実だもの。
そこに嘘をつくと泥沼になっていくのも経験済みだから、そうなるくらいなら、自分の闇と見つめ合うのが一番落ち着く。

作品が誰かの癒しになれば儲けもんだけど、一番は自分の癒し、真実の整理の為に作品を描いているね。
バカになれないから、こころの整理をしないと安心できない・・・

無視できるほど器用じゃないから、整理しながら作品にエネルギーを費やして、夢分析で整理をしていく。
そんな作品作りスタンスです。
なんか、本当に自分の為なので、人に見てもらうとか、そういう事考えるのはすごく余裕がある時じゃないと、疲れるだけになっちゃいそうだ。

そんなこんなで今日もネガティブに作品作りだわ!!!楽しいわ!!!!

1次と2次・・・記事2【宣伝や反応】

前記事の続きになります。

1次創作をしてから、分かってた事ですが、
反応ないなぁ!!!!宣伝もしづらいなぁ!!!!
と思う事が増えました。笑
かなしいって事は全くないですが、笑えて来ます。
2次創作での原作キャラの力は偉大だ!さすが推しだ!!!!って思えます。

遊戯くんなら遊戯くんが好きな人が見に来てくれる。
ネスちゃんが好きな人が見に来てくれる。
これって、宣伝としては、すごい楽。
だってもう既に有名なコンテンツの一部に自分も入ってるんだもの。
たとえ二次でも、既に好かれている有名なキャラの本だもの。
ろくに宣伝しなくても、SNSではタグを使えば、イベントではジャンルの塊に入れば、それで十分宣伝になるんです。

それがオリジナル創作だと、
「オリキャラの流夢くんです!」

誰も知らぬ。どんなキャラか内容かもわからぬ。終了。
です。見てくれる以前の問題です。知らないから見られない。

2次創作の感覚の宣伝の仕方では、宣伝してないも同然になってしまう。
SNSでつけられるタグも、オリジナル、とか、学ラン、とか、そういう曖昧なものにしかカテゴライズできなくて、宣伝効果薄い。
イベントは2次と変わらず、オリジナルで固まりにしてくれるので、今のところ悪くないなぁと思っています。イベントによるけど、わりと見てくれる。
ネットの「オリジナル」タグと違って数が少なくて見てもらいやすくて、「オリジナル」が見たい人が実際に見てくれたりしますから。

まぁだから、オリジナル創作では、過剰なほどの宣伝がちょうどいいのだろうという結論に至りました。
知らない人しかいないくらいだから、まず存在を知ってもらわないといけない。
逆に1次創作の宣伝頻度を2次でやるとうっとおしいかもしれないけど、もっと効果は上がるかもしれませんね。笑

今、自分が宣伝としてやれていること

【オリジナルカテゴリのあるサーチエンジン登録】
無名のまま普通の検索で上位に上がるのはほぼ無理なため、検索エンジンでちゃんとカテゴリ設定して、好きなジャンルで検索してもらえば刺さる人に発見されやすい。
実際来てくださって感謝しかない・・・もっと登録した方がいいかもしれない。

【オリジナル創作のコミュニティ、宣伝できる場所に出る】
今あんまり顔出してないけど「いちくらマストドン」とか。
普段はツイッターみたいに使ってる人が多いのでそこには溶け込めないけど、
純粋な作品の宣伝したらわりとしっかり反応してくださるのでみんな優しい。
作品を作ったら宣伝はすべし場所。
あと最近登録した「個らぼwiki」さまとか。
サイトのPV数を見ても毎日200人以上が見てるようで、登録する価値あるなぁと。
これから効果あるか楽しみです。ありがたや・・・

【リアルイベント参加】
先ほど書いたように、わりと参加するだけで「オリジナル」という宣伝ができる。
でもほんとにイベントによる。
名古屋コミライはオールジャンルだけど、わりと地方イベで人数もおちついており、
「オリジナル」サークルも少ないので、見てもらえる。
コミティアは参加数が多いけどみんな「オリジナル」なのでぼやける。
後者のような参加人数の多いイベントほど、事前の宣伝や設営の工夫が必要だと感じました。
この辺はこれから試行錯誤でがんばっていこうと思います。
お品書きはこれからもう必須だな。

【ツイッター】
あってないようなもの(爆)
フォロワーさんはたぶん2次創作のネス描いてた時の流れで
フォローしてくださっただけだと思われるので(勝手にそう思ってますごめんなさい)、
層が違い過ぎてほぼ宣伝効果がないです。
しょうがない。
いまのところただのぼやき垂れ流しアカウントなので、宣伝に使おうとは思いません。
のんびり使いたいです。
でも本アカにイベントや本の宣伝RTするとたまに反応がある事があるので、それは続けようと思います。

【Pixiv・GALLERIA】
支部の反応はまちまちです。そんなにないですが、ないこともない。
イベント名を入れてお品書きやサンプル画像を流せば、イベント宣伝効果はありそうです。
ギャレリアは創作してる人かなり多いし、発見しやすいです。
投稿だけじゃなくて、他の方の見てるのも楽しいです。それも嬉しいです。
反応は支部よりちょっとだけあるかな・・・くらいで、そんなに。
自分の作品に自信がないってのもありますが、まぁこんなもんだろうと思います。
ただ、グループ展示会のオファーをとあるギャラリー運営の方から頂いた事があるので、こういうとこに投稿続けるのも大事なんだなと思いました・・・
(満員で参加できなかったけど)

【サークルドットエムエス】
サークル参加申し込みができるサイトです。
利用しているイベント主催者さんが多くて、申しこみから決済まで、ここでやれる。
サークル情報検索もできるので、ワンチャン見てくれる人がいるかもしれない程度。
一応参加イベント情報は、過去のも含めてこまめに追加、更新してる。

【BOOTH】
作品の通販が目的ですが、ワンチャン検索で来る可能性がなくもない。
実際どこから知ったのか知らないけど買ってくださった方はいましたし、びびったけど嬉しかったです・・・
あと自サイト手作り通販よりは、こういうPixivブランドに甘える事で、買い手側にとっても利用しやすくなってますし、そういう意味でもやっておくのは良いと思いました。


ざっと今のところ直接宣伝してるとこってこんなもんですね。
サーチエンジン登録はもっとやったほうがいい、
SNSでの宣伝ももっとやった方がいい、
この2点がすぐできる改善点かな・・・
特にSNSはタグを使う事に慣れてないので、もっとタグを使っていこうと思います。
インスタグラムもイラストで始めようかなぁと悩みます・・・

あと、創作物の内容だね。
これはもう自分の感性だし、筆の速さもあるし、気長にやってくしかないです。
作品数が少ないから見てもあんまり・・・てのが正直多いと思うから、
もっと増やしてから宣伝したいと思っていました。
思っていましたが、それをしてると何年後だよってなってくるので、宣伝だけでもこういう雰囲気のものを描いてます!ってやってった方がいいんです。

日ごろから宣伝する機会を伺っていた方がいいなぁと思いました。
なんかいいツールがあれば教えてもらいたい・・・

1次と2次【著作権と同人の話】

今の自分は本当にやりたいことやって人生楽しめてるので、
日記を書いて自分の状態を整理しなくちゃいけない状況が減ってます。
まったく更新しなくなりましたね!!!!!
ここに日記を書くということは、SNSとかでは言いづらい愚痴があるってことで・・・はい。
今は専ら1次創作中心で活動しているのですが、活動してて何か思った事をいくつか整理したくて日記書きに来ました。


当たり前なんですが、基本的に1次創作って2次創作に比べて見向きもされないです。
別にそれはいいんですよね。分かってたことなので、覚悟の上です。
ちゃんと1次創作を始めて、自分がより敏感になったのは、著作権の話やお金、宣伝や反応問題。
長くなりそうだから記事分けます。

【著作権と同人の話】
2次創作から離れて、なんかもっと世間の2次創作の著作権の認識の危うさに目が行くようになりました。
というのも1次創作者からしたらそんなに心配ない問題だけども、1次創作について必要な知識とか仕入れる為に調べてると、必ず引き合いに出てくる2次創作の話。
読んでるうちに、あぁこれは自分も欠けてた認識だな・・・とか、思う事が多くありました。

2次創作は1次創作に乗っかってるだけで、1次創作側にはなんのメリットもないとう極端な記事まであった。
なんのメリットもない、わけはないと思うけど、それはたぶんジャンルが大きくなるほどメリットがなくなっていくのだろうなぁと思います。

その記事に書かれてたとおり、たしかに売上はそんなに影響ないとは思うんですが、損なわれるのはイメージですよね。
ツイッターでも公式の漫画やアニメのスクショ画像を使って改変したものを広めたりとかしてる方がたくさんいるんですが、あれ正直私は好きじゃないです。
元の画像そのまま流用なら、まだいいんですが(無断使用だから絶対ダメなんだけど)、改変ってとても失礼だなぁって思います。
そのうえ、面白いと思ってしまう人たちが広めてしまい、その改変ものが広まって、作品がそのイメージになってしまう。
歪曲された作品イメージで広まるの、自分の作品がそうなったとしたらとても嫌です。
商業ものだろうが、そういう元の作品を使ったイメージを壊す行為は嫌だなぁと。
だから私は昔から何か伝えたくても自分で描くようにしました。
絶対、公式画像は使いませんでした。
ひとりひとりの著作権に対する意識が高まれば、そんなことする人出てこなくなるんじゃないかと思います。
もっと著作権に対する意識が高まるなにかがあれば、と思います。
問題起こしてから、痛い目見てから反省して知った、という人が多いのもかわいそうですし・・・

そして、似たようなものでは、2次創作での、
ストーリーのパラレル、設定の捏造。(別物レベルの)
これ不思議と昔から何が楽しいのか分からなかったとこがあって、自分でも周りがやってるからやってみようかな、とやってしまった事はあります。
けれど描いてみてから、これ別にこのキャラ達じゃなくてもいいじゃないか、と自分で気づいてなんかむなしくなった記憶が強かったです。

元のキャラの姿とおおまかな性格だけを、自分のいいようにストーリーや人格を組み替えて動かすって、これはっきりいってただのキャラの見た目の流用、悪く言うとパクリでしかなくて、やるならもっと原作準拠のものでないと私は無理だなぁと思いました。
全部が全部嫌なわけじゃないけど、ほとんどそういうのは受け付けなかったかなぁ。
あくまで自分の許容範囲ですが、
・原作ストーリーの隙間や別の選択肢を使ったif物語
・あまりにも原作でかわいそうなキャラの平和・救いのある物語
・異世界転移した「原作キャラ」の反応等(クロスオーバーみたいな)
ならいいんです・・・キャラ尊重が感じられるかどうかです。

でも、そうではない「キャラの別物への流用」がその2次創作界隈ではウケてたりして、広まるのも早い。
それがまかり通ってしまう異常な雰囲気に耐えられなくて2次創作の同人から逃げたって感じでした。
私には、感想を言ったりファンアートとしてたまに絵を描くくらいがちょうどいいと。
2次創作の同人をしていながら、2次創作の他の同人作家さんにあまり興味が持てない事が多かったのはこの辺の感性のせいなんだろうなぁと思います。
イベントに行っても2次創作でサークル参加してるのに、買う側としては自ジャンルよりも1次創作の方が見てて楽しかったりしてました。
正直本人たちはそれで楽しんでいるのだから、口出しする気はないんだけど、ほんとに原作好きなのか?って思う事がけっこうあって、「同人界隈」の人間関係、人気や反応に捉われて、キャラを私的に利用していないか?
って疑問がホントにむくむくと湧いてきて、やっぱ自分には2次創作同人は合わないと思いました。

話は戻りますが、1次創作者からした場合の2次創作への考え方ね。
無名の人からしたら、ファンアートとか感想とか、広めてくれたら単純にかなり嬉しいです。
そしてその作品が盛り上がります。嬉しいです。

2次創作は、公式が許可していればどんどんすればいいと思います。
許可が曖昧ならやっぱり堂々と発表するなんてもってのほかだし、もっと謹んで活動すべきだと思うのです・・・
いや許可されてても尊重するのは当たり前なのですが・・・
やっぱり帰ってきてしまうのは、もっと「作品を作った側」の立場を考えてほしい、想像してみてほしいって話に帰ってきます。
無名でも有名でも1次創作物は唯一無二のものです。比べちゃいけないし同じものです。

著作権の話も大事なんだけどね、気持ちを考えることができたら、著作権を知らなくたって気遣いできそうな気がします。
ものづくりってなんでも手間も時間もかかるのが当たり前で、何かを作って大変だった、という経験があるなら、それはみんなそうだと思うし、少し考えたら想像がつくはずです。
想像ができない人は、何かを作るという事をホントにしたことがないか、人間として思いやりが全く足りてない人かと・・・
ネットにあるものはフリー素材と思ってしまう人もいるようですが、そういう「作った人」が必ずいるという事が分かれば、そうは思えないと思います。
グレーゾーンどころかどちらかというと黒よりの2次創作同人文化が、なんで繁栄できたかってのは、ほんとにただ黙認してもらってるだけ、なのに尽きます・・・
だからせめて、感謝の気持ちを持ちましょうね・・・
ほぼ自分にも言える事だなぁ。

わるいこと

うちの親が両親とも良くも悪くもすごく子供っぽい。
立派に働いてるし、それはすごいと思う。
でも、母親は感情的すぎて、それにみんな振り回される。
怒るとすごく怖いです。
父親はマイペースすぎて、空気が読めない。
それで母親によくヒステリックに怒られる。

今日も、すごくしょうもないことで母に感情的に怒られた。
おみやげで買ってきたものを勝手に父が食べて、私もこれ食べていいのか?って聞いたら、いいよって言ったから、食べてしまっていた。
実際は許可なく食べてたみたいで、私も確認不足で知らなくてミスしたな、と思ったけど、ぶっちゃけその辺のいつも通りのおやつ入れに入れられていて、普通のお菓子として食べていいもんなのかな、とも思った。
私だったら食べちゃダメなものは描き札や、自室に持ち込んで食べられないようにする。
そういうことが起きると分かっていたはずなのに、それをしてなかったのも問題があると思った。
でも食べた方が悪いに決まってるので、謝りたいとは思った。

でも、そのおみやげは兄のもので、怒ってきた母はちょっと立ち位置が違う。
兄からは食べてしまった後その事を全く話を聞いていないので、後から聞いて謝ろうとは思うが、なぜ母があんなの怒るんだ???と思う。

何度もあることなんだけど、他の誰かが「父のせい」で何かがっかりしていた時、怒りの矛先がすべて父に行ってしまう。
「父」のマイペースさがきっと母にとっては天地がひっくりかえるほどイラつく事なんだろう。
両親とも信用していないと思う。
そんな様子を子供の頃からずっと見せられてきたので、結婚には嫌悪しかないし、このせいで「怒り」に嫌悪感がすごくなって「怒っちゃいけない病」にもなってしまった。
その様子がすごく嫌だったから、小さい頃は母が怒ると「そこまで怒る事じゃない」と仲裁に入っていたけど、逆効果で、今度は私に矛先が向いて、いつのまにか母と喧嘩になる。これがパターンになっていて、だんだん嫌になってケンカしていても無視するようになった。
そしたら怒鳴り声が気になって怖いし、結局どっちもどっちで、ずっと怖かった。

「そこまで怒ることじゃない」は実際私が決めることじゃないから、怒りがエスカレートするのは当然なんだけど、なんせ仲裁に入ってたのは中学生の頃までなので、子供の考えだからそんな事も考えられてない。

今は少し落ち着いたけど、たまに理不尽に怒ってる時もある。
その時もう仲裁に入らない。会いもしない。ただ怒鳴り声と悪い空気が流れる。
その悪い空気が嫌で、時々この家がすごく嫌になる。出ていきたくなる。
出ないのは、このケンカがいつもの事、というわけではなくなったからだけど、自分自身が元気になってきて、最近この環境が窮屈に思えてきて、本当は家を出る時期なんだと思う。

何が言いたいかまた分からなくなってきたけど、親が「子供」なせいで、うちの兄妹はみんな苦しんだと思う。
あ、妹は別かな。
言い方悪くなっちゃうけど、私と兄を盾にして育ったから、母に怒られた経験はほとんどないの。別にそれはいいと思う。
仲裁なんて意味のない事も全くしなかった。
すがすがしいほど無視をしていた。羨ましい。

兄が大学生活でいろいろ生活に問題出てきたのも、母が高圧的で頑固だったから言わなきゃいけない事も言えなかったんだと思うし、今は大丈夫だけど、兄の事を信じていない母が私はちょっと許せない。
そういう風に育てたのはあなただよ、といいたい。
怒りやストレス、支配者に弱い自分が出来上がったのも、今は少しは母のせいだと思えている。
父も父で、マイペースすぎて母に弱くて、お世辞にもカッコイイとは言えなくて、
べつにカッコよさとかは良いんだけど、人の話をあまり聞いてないから相談もできなくて頼りにならない。

悪い家族じゃないとは思う。無難に普通の家庭だと思う。
でも心の大事なところで、信じられないのが、なんか悲しいなって思う。
怒られる度に感情的に怒られて私の事なんか思ってくれてないって思ってしまうし、チリツモでも親に否定され続けるってほんとうにつらいなって思う。

次の流れ

なんとなく今のリラクセーションの仕事を漠然とやめたい、と思っていたものの、やめる理由がはっきりできなくて、うだうだ決心できずにいました。
なんで辞めたいかと思ったかって、単純に体力がしんどいって点です。

前々からしんどい、しんどいと言ってたけど、人間関係がいいから続けられていました。
でも、その人間関係も、今までと比べたら一番いいというだけで、本当に自分のワガママなんですけども、性格的には「合わない」と感じてはいました。
みんなとてもさっぱりしてる、と思ったら、愚痴もエネルギッシュ。
人は人って考えてるけど、愚痴は愚痴で盛り上がっちゃう。疲れちゃう。
この「さっぱりしすぎてる」「愚痴の盛り上がり」が合わないんだな、と思いました。
良い人だし、嫌いじゃないけど、「なんとなく合わない」とこが疲れたんだと思います。
みんな、いい意味でパワフルです。

あと一番のやめたい原因は、最初にも言った「体力」
季節の変わり目に体調悪くして、そうなるともう休みがちになってました。
休みグセがついちゃったかな、と思ったけど、1回大きく体調崩して無理して行った事があって、本当にヘロヘロで顔色も真っ青で、ものすごく心配かけてしまった事がありました。
そんな状態で接客したくないですし、力も入れるから悪化するし、これならもう休んだ方がいい、と考えになっていました。
でも何回も休んでると罪悪感に悩まされます。
自分の中でその罪悪感が蓄積されていったんでしょう。
今日の急な休みで、もう申し訳なくて、こりゃもう長続きしないなと思いました。

報酬も悪くないし、休みも取りやすいから悪い職場じゃぁないんです。
正直手放すのはもったいないと思います。
でも体力の事考えたら、明らかに不向きで、これ以上は勤め先のシステム上もう報酬アップも望めないし、未来がないです。
報酬アップするなら、今よりももっと無理しなきゃいけなくなる。
将来性なら、最近勤め始めたデスクワークの方が、体調が多少悪くても行けるし、もともと得意な分野でうれしいし、まだ昇給する可能性があるし、あんまり居心地がいいなら正社員にもなる可能性もあるかもしれないし(しばらくは正社員ぜったいやだけど)未来がまだまだある。

もう辞めたいと思ってしまっただけでもモチベが0になるので、早く辞める行動しないといけませんね・・・

最近のこころ

最近は周りの環境の変化や、自分が行ってる夢分析を通して、しっかり自分に向き合えてるなぁと思います。
自分の嫌な部分とか、否定したい部分と向き合うのはつらいんですけど、夢分析を通すと、ほんとに自分で納得できるような、優しく現実と向き合える感覚になるんですね。

常に生き辛くて、辛い原因は自分でわかっていたのに、認めたら弱い自分をあらわにするようで、きっと自分が思ってる以上に怖かったんでしょうね。
子供の頃、小中高、ずっと親と仲が悪くて、学校が逃げ場所。
自分に子供ができたら絶対にしたくない事をたくさん受けてたと思います。
今思うと、本当に親の都合。親の機嫌。

勉強が嫌いになったのも、できない、わからないと怒られていた部分が大きかったと思う。
勉強はできないわけじゃなかったと思うんですよね。
実際、興味があることはかなり熱心で覚えもすごく早かった。
テストもできるものは高得点だった。
苦手なのは、徹底してやりたくなくて、さぼってしまっていた。
それで貫けるならよかったのに、普通に見たら悪いことなので、怒られてしまって、そして自分は納得できないまま、謝ってしまう。
この時反省とか以前に、頭が真っ白で、怖くて何も考えられなかったに近かった。
とにかく謝らなきゃ許してもらえない。これが根付いて、社会人まで続いてしまった。

自分がうつになった原因の考え方に、とにかく自分が悪い、という考え方がありました。
今も消えたわけじゃないけど、だいぶ楽になってきてます。
そして、わからない、苦手な事をやらない、後回しにする癖も、ずっと残ったままでした。
これが残ってるとどうなるかというと、スケジュールがうまく組めなくなるんです。
それに、分からない事を聞いたら怒られるという強迫観念があって、社会人になってしばらくは全く人に質問ができなかった、使えない社会人みたいな感じでした。
もう本当に、子供の頃の傷を負ったまま成長してしまってました。
うつで休んでる期間に、こういう事は整理できてきましたが、実際に克服できるようになってきたのは、つい最近です。
少しずつしか、癒すことができません。

自分が悪い、後回し癖は、意識してなんとかコントロールする事はできるにしても、漠然と怒られる、という強迫観念はなかなかしつこくて、自分の意志ではこの恐怖をどうこうするのはちょっと苦しいと感じていました。
人をなかなか信じられない原因はここだと思います。ずっと人が怖いんです。機嫌とりをしてしまう。

最近そこの問題を夢でよく指摘されます。
今までもあったのかもしれないけれど、自分でこの問題を認識できるほど夢でしっかり現れるという事は、自分で克服できつつあるという証かもしれません。
夢分析を始めて、自分のこころと向き合うようにしてきてから、急速に楽になる考え方が増えてきてました。
本当に、順番に解決できるようにしてくれてます。
自分のこころの傷を、見て見ぬふりではなくて、自分で把握して直すように考える事ってほんとうに大事だと思います。
過去を気にせずに今をどうにかしようと頑張ってもみたけど、やっぱり原因もわからず怯えるのが気持ち悪いし、すごくこわいし、どうしても過去の傷を見なければならない気がしてなりませんでした。
原因がわからないってのは厳密には嘘に近くて、分かってるけど、認めたくなくて、見て見ぬふりになってしまうのです。

見て見ぬふりって見捨てるって事だから、自分でもその傷を放置して傷跡として残しっぱなしにしてしまうのです。
認識して改善しようとすれば、傷跡は残るかもしれないけど、塞いだり暖かいもので包んだりとかはできます。
そういう事を、あとすこし続けたいですね。
本当に、放置しててごめんね。自分。

無料の重み

今なんとなくで受けてしまった無料のホームページ制作業で地味に苦しんでいます。
何が苦しいかって・・・報酬がないことです・・・
正直無報酬に対して甘く見てました。
こんなに、つらかったか。

無報酬になった成り行きは、本当にただの成り行きでした。
場の空気に流されて、という感じに近かった。
私が仕事としてホームページをまた作るか、と思った原点は、生きるためです。
自分の力でお金を稼ぎたかった、という気持ちだったのに、同時にブランクがあって実力不安もあった。
その不安が勝ってしまったんでしょうね。成り行きで、無料で作ることになってしまいました。

相手の方もとてもありがたいと感謝はしてくれてるんですけど、
ホームページの知識はほとんどありません。
それは仕方ないですし、極力説明はしていこう、とも思います。
でも、こういう「教える」という部分もかなり大変でした。
やってる内容の大変さを理解してもらえないと、どれくらいの価値があるのかもピンとこないし、必要な事なのだと思います。ここも価値のある事なのだと。

ホームページを作るだけでなく、納品した後の更新の仕方を教える、
また、モバイル端末しかないので、それで更新できるようにする、ということになってきて、モバイル端末での更新なんてやり方がPCと違うから、自分も教えられるように理解をしなきゃいけない、じゃあ調べて使って、それでマニュアル作るか、となって、気づいたらかなり時間を使っていた。
こういうこっちで調べるというのも大変だと学びました・・・

作って終わりじゃないな、分からない人だというのも私がちゃんと理解しきれてなかったし、でもこれが有料だったら、かなり最初から気合いれてたと思います。
ここまでしっかり気が回って、こんなにワタワタしてなかったかもしれません。
無料だから自分の時間を犠牲にするのも違うし、空き時間でだらだらと作ってしまったので、結果的にめちゃくちゃ時間がかかってしまった。


そして無料で受けた事の最大の弊害が、自分の嫌な部分を感じてしまうことだった。
こころからやりがいや感謝の気持ちを受け取れるならよかったのかもしれません。
自分はあいにく心がドライだったので、報酬がない、という事実がとても悲しかった。
技術と知識と時間をかなり使ってるのに、対価がない。
やりがいとか感謝とか、そういうのは別にいい、というタイプの人間だったようです。
この事実が自分の心の冷たさを感じて、でもそれを相手に見せたら悲しませるから見せないようにしてしまう。
もしかしたら、ばれてるかもしれないけど。
仲のいい友達や趣味だったら違ったと思うけど、そうじゃなかったからね。
これもやってみてはっきり分かったから、まぁいい教訓になったと思うしかないです。

無料は、いけないです。

情報のスピード化

最近特に問題なくツイッターを使えていたから特に気にせずにいられたけど・・・
自分の作品の作り方でいろいろ悩んでてふと思ったのが、やっぱり自分は根本的に創作するのにツイッターが全く向いてない、という点でした。

ゲームはリアルタイム性とかなり相性いいので、めちゃくちゃいいと思うんです。
以前も話してたと思うけど、ゲームは相手ありきなところもあるし、情報交換も盛んなジャンルで、ツイッターは本当にマッチしてるんです。
だからほとんど苦がなかった。
ゲーム控えめな今も特になし。人のゲーム状況見てるのも楽しいし、みんな最新情報に敏感だからすぐに私もわかりやすくて助かるし、遊び相手もやろうと思えばすぐに見つかって最高のツールです。

ただ創作メインでやろうとすると話が別です。
中にはツイッターと相性のいい創作作家さんもたくさんいるでしょう。
でも、自分は向かないと思います。

ありがたいことにスマブラ、MOTHERではネスの絵で高評価を頂くことが多くて、過去作品なのに褒めてくださる方がホントにたくさんいて、とてもうれしいです・・・。
だからまたネスを描こうと思ったらいっぱい描くと思うし、絵も見てもらえるまず条件がこれから言うこととは全く違うので当てはまらないのですが、本当にツイッターは私の創作スタイルには合わないのは間違いないです。
これから言うのは、純粋な自分の一次創作に関して。

ツイッターが自分の創作に向いてないと思う一番大きな理由が、筆の遅さ。
時間が取れないと自分の絵って本当に雑で雑で、人に見せられるレベルじゃないと思ってます。
でもツイッターってどんどん情報が流れて行っちゃいますよね。
投稿したその時に偶然見た人くらいしか、見てもらえないんです。
投稿回数が増えれば、目につく人も増えて、だんだん認知されていく。
まぁ認知はいいんですよ。
けっこう今も自分用に呟いてるだけですからね。
でも気分的に、ツイッターを使っていると、「何かを投稿しなきゃ」って気持ちが働いてきて、どこかで焦りが生じてます。
これがあかんところでした。
創作用アカを別で取っていても、本アカでは普通にツイッターを使っているので、気分的にはそういう「ツイッター特有のリアルタイム感」に浸かってる。

最近なんかぱっとしないなと思っていて、はっと気づいたのがこの問題でした。
「別にどこにも急ぐ必要がない」のに、急いじゃってて雑な作品でもいいから描かなきゃ始まらないって、謎の焦燥感がありました。
これを自覚したら、あぁ、急がなくてもいいじゃん。
納得いくものが出来たらアップでいいじゃん。って、我に返りました。笑

簡単な事なんだけど、ツイッター使ってると度々こうなってしまいますね。
昔二次創作でツイッターを使ってた時もこれが苦手で、自分は基本サイト中心に戻っていきました。
ツイッターは交流、連絡用と割り切って、作品はあくまでサイト中心でした。
当時はまだサイトも多くの人が利用していましたからできた事だったと思います。
今はサイトまじでほとんど来てくれないから苦しい時代になったもんですよ・・・

だから逆にしようと思います。
ラクガキとかを載せていいのは自分のサイトにして、むしろしっかりした作品をツイッターとかSNSに載せていくべきなんだと思います。あくまで、自分は。
ほんとに・・・ラクガキが汚いんだもん・・・・人様に見せられない・・・
ツイッターに対する焦りを減らして、より上手に創作に時間をあてられるようにしたいですね。
ぶっちゃけ創作やるだけならツイッターやめちゃってもいいくらいなんだけど、
ゲームはほんとに相性いいから困ったもんですよ!!!!!!
ゲーマーコミュニティのツイッターすき!!!!
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